土と石と葉と火、地球で料理:葉っぱがシェフ

葉っぱがシェフ 平山浩介さん(右)、実鶴さん(左)

 

穴のあいた土鍋を火にかけ、石、葉、食材をのせて調理する。鍋料理とも蒸し料理とも薬膳料理とも表現しがたい。隠れ家レストラン「葉っぱがシェフ」の平山さんご夫婦は、まるで地球を「食」で再現したかのような料理を提供している。  

 

「葉っぱはシェフであり、味付けであり、器なんです」

浩介さん(以下、浩) 僕は元々新聞記者を長年やっていて、食を提供する側になるなんて全く想像していませんでした。40代前半に、学生時代の事故の後遺症で、大きく体調を崩してしまって。新聞社って、すごいストレスなんですよ。スラスラ記事をかける時はいいけれど。何かあったら会社に迷惑をかけるなと思って、仕事を辞めたんです。それまで、食は提供される側。食事は、お酒が飲めて腹が膨れればいい、くらいにしか思っていませんでした。 仕事がなくなって、家内が陶芸をしていたからこれで飲食店をしようと始めたのが2005年です。

 

底に穴のあいた、実鶴さんオリジナルの鍋

 

実鶴さん(以下、実) たまたま私がこんな鍋を作っちゃったからね(笑)。主人が働いていた時はしょっちゅう人をうちに連れて来たんです。焼き料理は簡単だからよくやっていたんだけど、アルミホイルとかじゃなくて、熱が通って自然素材のもので加熱をすれば、もっとおいしくできるんじゃないかなと思っていて。焼き物は土でしょう?鍋に穴をあけたら、直火で火が通るようになると思い、作ってみたんです。友人には、「初めから廃棄物じゃん」って言われましたけど。 でも、そこに根野菜を置いて焼いてみたら、けっこうおいしかったんです。カニを入れたらそれもまたすっごくおいしかったんだけど、エキスが出てコンロが汚れてしまいました。試行錯誤の結果、鍋の中に石を並べてその上に季節の葉っぱを敷いてその上に食材を置くという今のスタイルができました。この葉っぱとこの食材は合うね、これはダメだね、と二人で毎日実験でした。楽しいですよ。

   僕が名付けたんですよ「葉っぱがシェフ」って。取材する側でしたから、ニュースバリュのつけかたとか、どんなことが記事になるかがわかるんですよ。まぁ、「僕が料理をしているわけではなくて、葉っぱが料理をしてくれているから、僕に調理の責任はないよ」っていう意味もあるけれど(笑)。 どの食材でも、味付けは塩だけ。自然が、その時々によってすばらしい食材を提供してくれますからね。皿に葉っぱが敷いてあるだけでグッとおいしく見えるし、見た目も味も葉っぱが表現してくれます。調理も味付けも器も、葉っぱがすべてやってくれる。だから、うちのシェフは葉っぱなんです。  

 

鍋が引き出す、素材に潜む深い味

 薬膳料理とよく比較されるんですが、薬膳料理は長い歴史の中で体系化されているし、葉っぱを直接食べたり煎じて飲んだりしますよね。私たちの料理は、葉っぱを食さないんです。葉っぱの成分が食材に吸収されているから、それをいただく。葉っぱの香りや色を楽しんでもらいます。 今、味の分析がとても進んでいて、極端に言えばスポンジに科学的な味で調味すれば、その一品ができる状態ですよね。遠くに届けるために保存料や着色料を使ったりして。素材そのものの味を楽しむというのは案外難しい。

 この料理は、余計なことは一切せずに、素材の奥にある味を引き出せている調理法だと思います。でも、この料理自体は未だになんと表現したらいいのかわかりません(笑)。土鍋と石と葉っぱの組み合わせというのは、うまく伝えることができれば、無限の調理法が生まれてくると思うんだけど。最初はそんな余裕がなかったけれど、今は経験値として伝えられることが増えました。あの土鍋の中で、光合成というか、葉っぱと食材が活かし合うような命の営みが行われているような気がします。 この調理をした食材は時間が経てば経つほど風味や旨味が増したり、冷凍焼けしなかったり、不思議なことが起こるんですよ。食材をおいしくストックできるから、無駄にすることもない。

   僕たちは二人とも料理人ではないし、飲食業の経験もない中でこれを続けることができています。難しい知識も調理器具もいらない。その土地にある葉っぱと石と食材があれば、山も生きるし、地産地消につながる。紙とかプラスチックとか色んな容器がありますが、葉っぱはすごくいいですよ。ゴミにならないし。僕たちが使っているのは土と石と葉っぱ。すべて自然に還るものです。今、ゴミの問題も騒がれているし、見直すにはいい時期なんじゃないですかね。誰にでもできる、循環型社会へのアプローチなんです。 とはいえ、僕たちがこういう考えになったのも、シンプルに、おいしいとか楽しいということを追求した結果なんですよね。最初から食や社会や環境に対してアプローチをしたいと思ってやったわけじゃないんです。病気をして、この鍋に出会って、飲食店を始めて、自然とこうした考え方になった。この鍋に生き方を教えてもらったような気がします。  

 

時は味とつながりを運んでくる

浩介さん自家製塩。彩鮮やかで目で楽しめる。

 

 塩も海水から自分たちで作っています。ブルーベリー塩とかイカ墨塩とか、味というよりも、見た目の楽しさかな。塩分があって初めて人間は味覚を感じるんですよね。これは、味覚を感じるためにどうしても必要なものとして使っています。 生の魚を時間をかけてゆっくり火にかけると干物みたいになるし、生ハムも作ってみました。日本は湿度が高いから生ハムを作ろうと思うとなかなか上手くできないんだけど、これでやるとできるんですよ。葉っぱの抗菌作用なのか、発酵コントロールがうまいこといっているような気がします。

独自の鍋で下処理をした自家製生ハム。肉の旨味がギュッと濃縮されていた。

 

   根野菜も30分くらいかけて焼くんですが、ものによって火の通り方が違うから、それぞれ分けて調理します。そもそも、火種となる石を熱くするのに10分はかかるから、効率化とは程遠い料理ですね。でも、「時も味なり」と表現してくださった方がいました。現代はとても忙しく生きる人が多いから、「待つ」という楽しみも味わっていただきたいです。

“待つを味わう葉っぱじかん”

 今の時代、「時はマイナス」ですからね。経済的には成立しにくい。こんな価値観でやっていけるかな?と思っていたけれど、大きな利益は出ないものの15年も店が続いているし、私たち二人にとって必要最低限の暮らしができているし。何よりも、同じような価値観を持つ方が全国から食べに来てくださいます。

 そうなんですよ。やっていてつくづくよかったなって、最近本当に思います。私たち自身が自然の恵みからいただいたもので健康になれたし、そういうことをお話しできるお客様が増えました。「また必ず来ます」と言って帰っていかれる。自分達が楽しませてもらえるんですよ。

 


2020年3月取材。「暮らしの発酵通信」三重県版掲載

Information
葉っぱがシェフ
住所
三重県尾鷲市中村町4-51
TEL
0597-23-0016

この記事を書いた人

里菌 かこ
「暮らしの発酵通信」ライター/発酵ライフアドバイザーPRO.

微生物関連会社に10年務め、農業・健康・環境などあらゆる分野での微生物の可能性について取材し、業界紙に掲載。発酵ライフアドバイザーPRO.の資格を取得し、発酵食品についても広く知識を深める。ライティングだけではなく、ワークショップ講師やイベント企画も務める文武両道の発酵ライター。

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