音を楽しみ地球とつながるFUJI ROCK FESTIVAL

日本最大級の野外ロックフェス〈F U J IROCK FESTIVAL〉。今日の日本の音楽フェスの礎を築き、「世界一クリーンなフェス」として海外メディアにも取り上げられた。自然との共生を目指すフェスが次に取り組んだのは、微生物の発酵の力を活用した仮設トイレの消臭プロジェクト〈地球トイレ〉だ。

日本のロックフェスの元祖

 〈FUJI ROCK FESTIVAL(以下、フジロック)〉は日本で初めて開催されたロック音楽のフェス。世界最高峰のアーティストから今後の活躍が注目される若いアーティストまで200組を超える面々が全11ステージでパフォーマンスを繰り広げる。10万人を超える来場者は、新潟県にある苗場スキー場の自然の中で音楽や各種イベント、アウトドアを楽しむ。

 フジロックの創始者である株式会社SMASHの日高正博氏は、フジロックイベントのスタイルについて自身の著書(※)の中で「音楽以外のアトラクション、ワークショップ、もっと多くの国や民族の伝統的なものをもってくる。アメリカンネイティブ、インディアンのスピリチュアルな世界や、チベット、バスク地方(スペイン)等の独立運動の話を聞く。インド、アイルランド、アフガニスタン、その他の多様なカルチャーを紹介する。いろんなものが見えて、見て歩くだけでも面白い場所にしていきたい。」と話す。

 「今でこそ、野外ステージで観客が立ったままミュージシャンの演奏を見るスタイルの音楽フェスはたくさんありますが、フジロックが始まるまではそのような音楽フェスは日本にありませんでした。」

そう話すのは、フジロックで会場設営担当をしているオムニインターナショナル株式会社の宇野雅己社長。それまでの日本の音楽イベントは、椅子が設置された室内の大きな会場で立つことも踊ることも禁止されるものだったり、野外イベントでも今のようなキッチンカーや屋台、物販、ワークショップなどが合体したスタイルではなかった。今日の日本の音楽フェスの礎を築いたのがフジロックだ。

開催当初よりフェスでのゴミの分別を続けているフジロック。会場入口では来場者にバイオプラスチックでできたゴミ袋を配布したり、車いすでの自然散策を可能にするボードウォークなど、自然との共生を伝え続けている。

フジロックが行政と共に推進している環境保全プロジェクト「フジロックの森」>>

※『やるか FUJI ROCK FESTIVAL 1997-2003』日高正博著/2003年/阪急コミュニケーションズ

楽しい不便の中の快適さ

 フジロックはフジロッカーと自称他称するフジロックファンがいるほどで、自然との共生の中で音楽を楽しんでいる。1997年にスタートしたフジロックは山梨県の富士天神山スキー場(現ふじてんスノーリゾート)で始まり、翌年は東京都の豊洲ベイサイドエリア(現東京都中央卸売市場)、そして翌々年から現在まで新潟県の苗場スキー場で開催されている。宇野さんは苗場スキー場で始まった三回目のフジロックからテント設営や備品調達、トイレの給排水、協賛ブースなど会場全体の設営を手掛けている。

 「会場はスキー場なので坂道が多く、寒暖差が激しい環境下に10万人以上の方が来場します。キャンプサイトもあるので、4日間キャンプをしながらフジロックを楽しむ方もいます。私たちはイベントを通じて『感動の場』づくりをしているので、より快適にフジロックを楽しんでもらうことを常に考えていますが、日高さんは『不便が面白いんだ』と言っているのでその塩梅が難しいですね(笑)。
 自然を楽しむ環境とはいえ、雨風はしのぎたいし、食事はおいしい方が良いし、トイレはきれいな方が良い。ただ、整えられすぎた環境で音楽を楽しみたいのであればフジロックじゃなくていいんですよ。
 とは言え、最低限トイレはきれいに保ちたいと思っていました。仮設の水洗トイレを検討したんですが、坂道には設置できないし、浄化槽までパイプを通さないといけないなど、物理的に無理でした。
 トイレを快適にする方法を模索していた時に仕事仲間と話をしていたら、岐阜県で開催されている音楽フェス〈中津川 THE SOLAR BUDOKAN〉の仮設トイレが臭わなかったという話を聞いたんです。調べてみたら、化学物質を使用せずEMという微生物の力で消臭をする〈地球トイレ〉という取り組みでした。環境に良さそうだし、その紹介動画に映っていたスタッフの笑顔が素敵だったから、フジロックにも合うな、とピンときたんです。少しでもいいからまずスタートさせてみたくて、環境担当をしている仲間に中津川に行って仮設トイレの様子を見てきてもらいました。フジロックの会場でも導入できそうだったので、地球トイレを運営している株式会社EM生活に問い合わせをしました。」

トイレから生まれる自立性

 2023年7月のフジロック。まずは試験的に、最も仮設トイレの数が多く利用率が高い2ヶ所のトイレエリア(合計140基)で地球トイレが実施された。有用微生物群(EM)の発酵液を仮設トイレの流水タンクと汚物槽に投入し、発酵液を薄めたものを使ってトイレ内の清掃をする。芳香剤や消臭剤、洗剤などの化学物質は一切使用しない。宇野さんもフェス期間中に早朝から毎朝地球トイレを実践したという。(EMとは?>>

汚水タンク、洗浄タンクの両方に発酵液を入れていく。

 「自分が提案した以上、地球トイレの活動がどのようなもので、効果がどうなるかを知る責任がありますからね。実際に地球トイレを体験してみて、すごく手ごたえを感じました。うちの社員もプライベートで毎年フジロックに行くんですが、『いつも臭うトイレが臭わない』と言っていました。」

 SNSでは「フジロックの洋式トイレ素晴らしい。常にスタッフの方がチェックして清掃して綺麗を保っていた。更にトイレが良くなることを期待したい。」「今年は例年よりもトイレの清掃が行き届いていて快適でした。スタッフさん暑い中お疲れ様です。」「フジロックのトイレってもしかして消臭に力入れてくれてる?去年よりめっちゃ快適になってる」など、トイレに対するコ メントが上がっていた。

薄めた発酵液でトイレの消臭と清掃を行う。

 フ ジロックより前から地球トイレ を実施している〈中津川 THE SOLAR BUDOKAN〉と〈橋の下世界音楽祭(愛知県)〉では、来場者に変化が現れてきたという。㈱EM生活で地球トイレを担当している長谷部孝さんは「どのフェスでも夜中はトイレ掃除をしないのですが、イベント自体は朝までやっているので一部のトイレは一晩中利用されています。お酒を呑んで酔っ払っている人が利用するので、朝のトイレは一番ひどい状態なんです。でも、地球トイレを過去4回続けてきたこの2つのフェスでは、今年は朝のトイレがきれいだったんです!トイレがきれいなフェスであることを伝え続けたら、来場者の方々にも響いて『トイレはきれいに保とう』という意識に変わったんだと思って感動しました。」と話す。

株式会社EM生活地球トイレ担当の長谷部孝さん(右)

 宇野社長も「今回のフジロックは試験運用だったので地球トイレを実施したトイレと実施していないト イレがありました。それだと、地球トイレじゃないトイレを利用した人は『フジロックのトイレは臭い・汚い』という評価になってしまいます。全部のトイレをどうやって網羅していくかは課題ですが、全部を地球トイレにすることで認知も高まるし、評価もされると思っています。どうせやるなら全てのトイレに導入して、『全く臭わないね』と言わせたいですね。」と来年への意気込みを語ってくださった。

 フジロックは敢えて大自然の中で開催することで、来場者の自立性|自分で自分のことはちゃんとやる、危険だと思えば自分で引く、お互いの労わり合いをきちんとしながら楽しんでもらう|をひとつのテーマとしてきた。私たちの行為はすべて地球の循環の上に成り立っていて、私たちが排泄・排出したものはすべて最終的に自分たちに還ってくる。

 フジロックの地球トイレは、トイレが単なる排泄行為をする場所ではなく「次に利用する人のために自分がすべきことを考える(自立性を養う)場所」であり、「地球の循環を意識するきっかけを与えてくれる場所」であることを教えてくれた。

 

暮らしの発酵チャンネルでも地球トイレを紹介!

 

地球トイレ公式サイト

 

 

 


「暮らしの発酵通信」19号掲載/2023年7月、10月取材

この記事を書いた人

里菌 かこ
「暮らしの発酵通信」ライター/発酵ライフアドバイザーPRO.

微生物関連会社に10年務め、農業・健康・環境などあらゆる分野での微生物の可能性について取材し、業界紙に掲載。発酵ライフアドバイザーPRO.の資格を取得し、発酵食品についても広く知識を深める。ライティングだけではなく、ワークショップ講師やイベント企画も務める文武両道の発酵ライター。

関連記事