食でととのう人と海:ととのえ食治料理人 吉野雄司さん

約40年和食料理人を務めてきた吉野雄司さん。海を取り巻く環境の変化と人の健康を見つめ続けてきた中で、海と人をととのえる食のあり方を伝え始めている。

台所から海に魚を増やそう

 吉野さんは徳島県の最南端にある海陽町の出身。目の前に海が広がり、幼い頃は海で遊んだり川で鮎を追いかけたりして育った。大人になるにつれ、徐々に川から鮎がいなくなっていく様子を感じていた。

吉野さんの故郷・徳島県の豊かな海

 「僕が子どもの頃は、川の中を歩くと鮎が足に当たるくらいいたんです。でも、そんなにいた鮎がどんどん減っていくのを目の当たりにしました。当時、母親にそのことを話したら『農薬が原因や』と言っていました。農薬が土から川へ、川から海へ流れていくことで魚が減っていくと。また、海辺に魚の養殖場ができた後は『養殖場の底にたまったエサや魚の糞などを海に廃棄し続けたことで磯が無くなり、魚が獲れなくなった』と漁師だった父が言っていたのを覚えています。
 そうした中で、海の環境が悪くなったら魚がいなくなってしまう!魚が食べられなくなってしまう!という危機感が募っていきました。
 大人になってから、ある雑誌で有用微生物群(EM)の技術を使った四国の町の川に『魚が戻ってきた』という記事を見たんです。EM技術を活用した洗剤があると知り、大阪で店をしていた時も『台所は海につながっている。台所から魚を増やしていこう!』という意識でその洗剤を使っていました。自分の家からもそれを流していけば排水溝から海に流れていき、海の生態系が回復して魚が戻ってくるのだと思って使っています。」

EMについてはこちら>>

未利用魚で多様性を感じてほしい

 海の魚を増やすと同時に、廃棄される魚を活かすことに取り組んできた吉野さん。実は、世界中で捕獲される魚のうち35%が廃棄されている。人気がない、サイズが小さすぎる(大きすぎる)、数が少なすぎるなどの理由で市場に出回らず、「未利用魚」として廃棄されてしまう。

 「昔、地元の徳島の飲食店で働いていた時に台風が続いて船が出ず、魚が全然入ってこないことがありました。でもお客さんには料理を提供しないといけません。
 地元の天然の魚にこだわっていたので、なんとか仕入れようと探して見つけたのがコシナガマグロという魚でした。初めて聞いた魚だったんですが、それが普通のマグロよりも断然美味しかったんです。
 それをきっかけに、聞いたことがない魚にも目を向けるようになりました。和食の世界は春はサワラ、秋はサンマなど季節の魚があって、旬の時期しか使いません。でも未利用魚は捕獲できる数が少なく、そもそもいつが旬なのかわからないから『捕獲できた時が旬』という気持ちになるんですよ。
 未利用魚は『珍怪魚』と呼ばれたりもしますが、僕は『珍海魚』と呼んでいます。『怪』だと怪獣のようにグロテスクな魚を想像しちゃうじゃないですか。そんなのばかりじゃないんですよ。」

 吉野さんからは、ウメイロ・オジサン・タモリ・オウモンハタ・セイメイアジ…思わずくすっと笑ってしまうような魚の名前がどんどん出てくる。

「オジサン美味しい」と連呼するほど女性たちから人氣の珍海魚「オジサン」。

 「自分の店では天然の魚しか使いませんでした。おいしいからという理由はありますが、一番の目的は多様性の確保です。例えば、みんなが同じように本マグロのトロを求めれば養殖しないと供給が間に合いません。魚の養殖のエサにはイワシやアジ、サバなどが使われていて、僕らが食べられる魚が養殖のエサに回ってしまっています。
 魚は自然界では色々な種類のエサを食べているはずだから、単一化されたエサではその魚本来の味になりません。料理人仲間が養殖マグロはエサのイワシの味がする、なんて言っていました。
 でも、珍海魚のようにいろんな魚がいて、それがおいしいということがわかれば、海の生態系が少しでも守られると思うんです。珍海魚の中には、旬の鯛とは比べ物にならないくらいおいしい魚もあるんですよ。捨てられてしまう魚に価値を見出せるかどうかはそれを取り扱う人間次第だと思います。色んな魚がいるからこそ海の生態系が成り立っているんです。」

EMを家庭から流すことで海の生態系が蘇り、豊かな食卓が続いていく。

食でととのえる身体と心と思考

 「僕たちが排出したものは川や海に流れていき、そこで育った魚を僕たちは食べています。人間は地球の大いなる循環の中で生かされているし、ご先祖様から脈々と受け継がれてきた命によって成り立っています。多様性があるからこそ生態系が成り立っているのは魚も人間も一緒なんですよね。一人一人がその人本来の姿を取り戻し、心穏やかに自分の役割を果たすことで世の中は循環していきます。
 でも、現代社会は肉体的にも精神的にも生きづらくなっている方が多いですよね。身体も思考も食べた物からできていて、食が偏ると病気になったり思考も偏ってきたりします。逆に言うと、食を整えれば身体も心も思考もその人本来の姿に戻ってくるし、もっと言うと食を整えないと変わらないんです。
 僕は息子が難病を発症し、病気を治すために薬漬けになってしまったことがありました。マクロビオティックという食養生に出会い、息子にその食事を徹底したら薬を手放せて、元氣になりました。僕自身も、マクロビオティック(※)の研修中の3週間で食事を替えたら、穏やかな性格になって帰ってきたから周りの人にビックリされたんです。


 こうした経験から、体調不良に関して色々な相談を受けるようになり、これまで何百人もの方に食と健康のつながりについてアドバイスをしてきました。マクロビオティックというと難しくてストイックなイメージがありますが、自分のこれまでの知識や経験から簡単に実践できるものをピックアップしてお伝えしています。」

 吉野さんは身体も心も健康になるための〈ととのえ食治(しょくじ)〉講座を全国でス タートさせた。料理人として未利用魚に光を当ててその価値を引き出してきたように、一人一人がその人らしく輝いて生きていけるような食の在り方を伝え始めている。

〈ととのえ食治〉では、実食も学びのひとつ。食材・調理法の意味を知り、家庭で簡単にできる食事法も学ぶ。

 

※マ クロビオティックとは、玄米などの穀物を中心に、旬の野菜、海藻、豆などを環境に合わせてバランス良く食べる食養生。

 

ととのえ食治料理人 吉野雄司さん

徳島県海陽町出身。18歳から和食の道に入り、旅館やホテル、飲食店など多くの現場を経て2017年に独立。息子が難病を発症し、治療薬の乱用による副作用で西洋医学の限界を感じる。日本伝統食養生〈クシマクロビオティックス〉に出逢い、食で息子の体調を改善させた経験から、「マクロビ割烹」料理長、クシマクロビオティック講師として活躍。世界に先駆けてマクロビオティックをアメリカから発信した久司道夫氏に師事し、世界初のクシマクロビオティック・シェフ・プレミアに認定。

※ととのえ食治についてのお問い合わせは吉野さんのFacebookまで。


「暮らしの発酵通信」19号掲載(2023年9月取材)

この記事を書いた人

里菌 かこ
「暮らしの発酵通信」ライター/発酵ライフアドバイザーPRO.

微生物関連会社に10年務め、農業・健康・環境などあらゆる分野での微生物の可能性について取材し、業界紙に掲載。発酵ライフアドバイザーPRO.の資格を取得し、発酵食品についても広く知識を深める。ライティングだけではなく、ワークショップ講師やイベント企画も務める文武両道の発酵ライター。

関連記事