日本最古の蒸留酒「泡盛」を探る

「泡盛」と聞くと、きっと誰もが「沖縄のお酒」と答えることができるくらい、認知度は高い。でも、原料は? どうやって作るの? 他の日本のお酒と、どう違うの? そう、私たちは意外と泡盛のことを知らないのだ。泡盛が静かに熟成する甕の中を覗いてみれば、アジアとの交易が盛んだった琉球王朝時代の沖縄の姿が見えてきた。奥深い芳香を放つ、泡盛の長い歴史をひも解いてみよう。

泡盛は世界最古の蒸留酒?!

「泡盛は、日本で最古の蒸留酒であると言われています。その起源はまだハッキリしていなくて、中国大陸から伝わったという説や、タイの方から伝わったという説など、諸説あるようです。戦争で様々な資料が焼けてしまったため、史実的資料はないんですが、もしかしたら、世界最古の蒸留酒と言われているアイラウィスキーよりも歴史があるんじゃないか、なんて話もあったりします。今、泡盛業界では色々な資料を収集していて、その歴史が少しずつ解明されてきていますが、まだまだ分かっていないことばかりです。それって、すごくロマンを感じませんか?」 そう熱く語るのは、暮らしの発酵ライフスタイルリゾート(旧EMウェルネスリゾート・コスタビスタ沖縄 ホテル&スパ(沖縄県北中城村))にある、バーラウンジ「エストレーヤ」でバーテンダーを務める砂辺光輝さん。2015年の内閣総理大臣全日本泡盛マイスター技能競技大会で金賞受賞の経歴を持つ。自身で酒造所を巡り、資料を集め、断片的な歴史のピースから泡盛のパズルを組み立てようとしている。

アコークローとは沖縄の方言で「夕暮れ時」。昼と夜が溶け合う時間のグラーデーション。 ザクロとマンゴージュースを泡盛と炭酸で割ったカクテル。バー「エストレーヤ」でぜひ味わってほしい一杯です。

琉球王朝時代から、約600年の歴史を持つ泡盛。王朝時代には首里城周辺の「赤田」「崎山」「鳥堀」という三つの地域でしか製造を許されなかったという。今では県内各地で製造され、その製法は脈々と受け継がれている。 1972年に日本に沖縄が返還された頃は、「焼酎」という表記でしか販売できない時代もあった。だが、1982年には「泡盛」としての表記が可能になる。このドラマの裏側には、泡盛特有の製法が複雑に絡んでいた。  

「タイ米×全麹仕込み」600年間変わらぬ製法

意外と知られていない泡盛の原料はタイ米。泡盛の製法は、タイ米に黒麹菌を繁殖させて麹にし、そこに水と酵母を加えてもろみを作り、それを発酵させて蒸留するという、とてもシンプルな作り方(全麹仕込み)だ。

沖縄特有の菌「黒麹菌」

泡盛に使う黒麹菌(くろこうじきん)はカビの一種で、学術名を「アスペルギルス・リュウキュウエンシス(リューチュウーエンシス)」という。リュウキュウ(琉球)と名前に入るとおり、沖縄特有の菌として知られ、黄麹菌(アスペルギルス・オリゼー)、醤油麹菌(アスペルギルス・ソーエ)と共に、2006年に日本醸造学会によって「国菌」に指定された。 気温が高い沖縄ではもろみが腐りやすい。それでも醸造が可能なのは、黒麹菌はクエン酸を生成する力が強いため、酸の力で雑菌を抑制することができるから。

原材料は黒麹菌の米麹100%

泡盛と黒麹菌は、その製造方法と共に九州に渡る。1911年に黒麹菌が発見されたが、1918年に科学者で実業家の河内源一郎氏が黒麹菌の中から、黒い色素を出さない菌株を発見(出典:エヌリブ15号)。アスペルギルス・カワチ(白麹菌)と名付けられたこの麹菌によって、九州地方一帯が焼酎の産地となった。日本の蒸留酒の原点が沖縄(泡盛)にあったのだ。 日本酒や焼酎は製造工程で、米麹と水を発酵させている「もろみ」に水や米・芋・麦などを加える。だが泡盛は、原材料を追加することなく醸造するのだという。もろみを一度だけ蒸留することで、原材料の特徴を最大限に引き出した芳醇な泡盛の原酒が生まれる。蒸留したての原酒はアルコール度数が50%にもなるため、水で割って、アルコール度数を調整する。これが、600年の間も変わらぬ製法だ。

製麹(せいきく):蒸した米に種菌を振りまいて麹を作ること。蒸米を「切り返し」によってほぐし、温度や湿度を均一にする作業を行う。日本酒などは、隔離された個室で製麹されるが、開放的な環境でも作ることができるのは、黒麹菌のなせるワザ。

良い酒ほど「泡が盛る」

醸造技術、蒸留技術が洗練されていなかった時代、アルコール度数が高い酒ほど良い酒だと言われていた。しかし、その当時にアルコール度数を測る機器などは存在しない。では、どのようにしてアルコール度数を測っていたのか。 それは、グラスを2つ用意し、泡盛を入れたグラスを空のグラスに40~50cmの高さからつぐのである。注がれたグラスの方には泡が立っている。揮発性のアルコールによって泡が立つ。その泡を取って水を足し、さらにまた上から注ぎ、泡を取り・・・という作業を泡が立たなくなるまで繰り返してアルコール度数を決めていたそう。何度やっても泡が立つ=アルコール度数が高い=良い酒、と判断されていた。その時に泡がグラスの中に盛られているような様子から「泡盛」と名づけられたとも言われている。

世界に2つだけの仕次ぎ法

「こうして作られた泡盛は、きちんと管理すれば100年200年と持つんです。『仕次ぎ』といって、年数の異なる泡盛の入った甕を用意して、1番古い甕から飲む分を取り出したら、2番目に古い甕からその分をつぎ足します。2番目の甕の減った分を3番目に古い甕からつぎ足して、それを繰り返していくんです。この方法で古酒を作るのは、泡盛と、スペインのシェリー酒だけ。 各家庭で、仕次ぎによる古酒づくりをしていたのって、世界でも泡盛だけじゃないですかね。泡盛が作られた年から3年以上経ったもののことを「古酒」と呼んでいます。沖縄では、子どもが生まれた時に贈られた泡盛を古酒にして、成人となる二十歳の誕生日の時に開けて家族みんなでお祝いする、っていう風習もあります。 仕次ぎをするのに、どのくらいの量を次の甕から取り出せばいいの?って思うでしょうが、昔から、1割くらいずつ取っていたようです。でもそれが最近になって科学的に検証された結果、古酒の風味を損なわず、かつ、香りやうま味の成分が減らないように古酒を活性化させるのにちょうど良い分量が1割くらいだとわかったんです。昔の人の感覚って、本当にすごいと思いませんか?」

家庭の中で、何個も甕を用意しておくスペースを確保するのは難しい。そんな時は、一升瓶などに入れておくのも一つの手だ。泡盛は世界で唯一、瓶の中でも熟成が進む蒸留酒と言われる。ウィスキーやブランデーなどは木の樽で熟成させるが、熟成による変化はお酒そのものではなく、木樽との化学反応によって起こる。一方の泡盛は寝かせることで、お酒そのものの中に含まれる成分が、香りやうま味に変化していくそうだ。バナナやバニラ、チョコレートに例えられる芳醇な香りとまろやかな舌触りが泡盛の特徴だ。 何年も、何十年も。長い年月を経て熟成によって変わり続け、うま味を増してゆく泡盛。それぞれの家庭で代々受け継がれている古酒は、繁栄の象徴であり、実に沖縄という土地の歴史そのものであった。  

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この記事を書いた人

里菌 かこ
「暮らしの発酵通信」ライター/発酵ライフアドバイザーPRO.

微生物関連会社に10年務め、農業・健康・環境などあらゆる分野での微生物の可能性について取材し、業界紙に掲載。発酵ライフアドバイザーPRO.の資格を取得し、発酵食品についても広く知識を深める。ライティングだけではなく、ワークショップ講師やイベント企画も務める文武両道の発酵ライター。

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