ウェルネスな旅と暮らし

新型コロナの脅威が世界中を包み込んだ昨今、「健康であること」の意義深さを感じた方は多いでしょう。 afterコロナの社会において、「ヘルスからウェルネス」のパラダイムシフトが起こっています。日本のウェルネス研究の第一人者である琉球大学 荒川雅志教授にお話を伺いました。

ウ ェルネスとは健康を基盤とした輝く人生のアクション

国立大学法人琉球大学国際地域創造学部 荒川雅志 教授。日本のウェルネス研究第一人者。

 ヘ ルスとは、「心身の健康」を主役にしたものです。でも、よく考えると健康は「何かを手にしたり達成するための基盤」なんですよね。好きなことに没頭している時って、健康を当たり前にマネージメントしていますよね。プロのスポーツ選手が良い例で、人一倍健康に気を使っているけれど「健康になろう」という意識を持っているわけではなく、「パフォーマンスをいかに高めるか」という意識で動いています。健康であることは当たり前であって、目的としているのは健康のその先なんです。
 健康に意識が持っていかれている時って、不健康なんですよ。僕は世の中に「健康になる」ことが目的になっていませんか?健康に束縛されていませんか?という問いかけをしているんです。

 〈ウェルネス〉という言葉は健康を身体の側面だけではなく、より広義に総合的に捉えた概念であり、米国のハルバート・ダン医師が「輝くように生き生きしている状態(1961年)」と提唱したのが最初の定義です。その後、僕が「ウェルネスとは、身体の健康、精神の健康、環境の健康、社会的健康を基盤にして、豊かな人生をデザインしていく自己実現である(2017年)」と定義づけました。簡単に言えば、「健康を基盤とした輝く人生のためのアク ション」ですね。
 ヨガ、禅、医療、温泉、サウナ、文化、芸能、アート、教育、アドベンチャー、ファッション、音楽、伝統、料理など、何に感動してわくわくするかは人それぞれですよね。大好きなコーヒーを飲みながら『暮らしの発酵通信』を読んでいる時間もウェルネス(豊かな時間)だと思いますよ。こうした様々なアクションをプログラムとして旅行の中で提供するのが〈ウェルネスツーリズム〉です。

 ただ、それらのアクションを単に提供して体験してもらうだけでは従来の〈体験プラン〉で終わってしまいます。提供する側も体験する側も、ウェルネスな体験を何のためにするのかを意識することが重要です。「ウェルネスな体験=人生がもっと豊かに輝くための体験」であり、目的としているのは体験の先にある人生なんです。

新しいライフスタイルの形

 琉球大学は国立系として観光科学科を日本で初めて設立した大学です。それまではスタンダードな観光だけを教えていた学科でしたが、僕が教員になった時に、健康×観光という新しいジャンルの観光のあり方を教える授業を創りました。2008年に出版されて全米ビジネス書でベストセラーとなった『The Blue Zones』では、世界の長寿地域として沖縄が紹介されています。沖縄の健康長寿と観光産業を掛け合わせてヘルスツーリズムを大学で教えていました。卒業生は千名を超えています。

『The Blue Zones 2nd Edition(ブルーゾーンセカンドエディション)/ダン・ビュイトナー著, 荒川雅志 (翻訳, 監修)、仙名紀 (翻訳)/祥伝社/2022』
沖縄を含む世界5大長寿地域それぞれの特徴的な食、身体活動、趣味嗜好などのライフスタイル、人生に対する考え方などが紹介されている。

 学科ができた当初はヘルスツーリズムと言っていましたが、先ほどお話した通り、ヘルスからウェルネスへの転換に気づいて以降、今は〈ウェルネスツーリズム〉の概念を伝えています。
 世界的にはウェルネスツーリズムとスパツーリズムが同義語になってしまっていますが、それだとスパや温泉施設がある地域にしかウェルネスツーリズムを展開することができません。そうではなく、「自然や文化、芸術、食、音楽、瞑想、ヨガ、祈りなどの地域資源に触れることで、人生における新しい発見や明日への活力を得る旅の総称」として新しいウェルネスツーリズムを定義づけました。

自然・人・地域とつながりを創るツーリズム=観光(旅)の新しい価値

 旅の原点は魂の浄化であり、祈りの旅です。それを宗教的な行為と切り分けるのではなく、旅の中で人生が前向きになれる発見があれば、それはウェルネスツーリズムと言えます。生き方や自分自身の原点に還れる場所が旅先であり、その気づきによって日常生活がより輝いていく。旅が日常の延長になるという、〈ウェルネルツーリズム〉はこれからの新しいライフスタイルです。

ウェルネスの原点・沖縄

 どんな地域でもウェルネスツーリズムは実現可能なんですが、その中でも沖縄が持つ可能性はとても大きいです。日本全体のウェルネスツーリズムをけん引していけるだけの地域資源が十分にあります。

 僕は海洋療法の研究者でもありますが、海洋療法(タラソテラピー)というと、海藻パックとかクチャ(海泥)パックなどの高級なスパトリートメントのメニューとして認知されているんですよね。でも、沖縄に着いて海風を感じた瞬間から「沖縄に来たなぁ」と心が動くし、沖縄の海藻や魚を食べた時でも海の恵みを感じているわけだから、それはそれで海洋療法になるんです。海だけではなく、沖縄には大自然もあるし温泉や琉球文化、伝統食、遺産、地域コミュニティ、祈りの聖地などのあらゆる資源が溢れています。

沖縄で最も格が高いとされる祈りの場「斎場御嶽(せーふぁーうたき)」。琉球神話にも登場し、古来、多くの人々が祈りを捧げてきた。

 実は僕のウェルネスの原点が沖縄なんです。僕は福島県出身で東京の大学を出てから起業しましたが、20代後半で自分をリセットしようと思って、縁もゆかりもない沖縄に来ました。
 僕が沖縄に来た当時は、アパートを借りるために親の保証人に加えて沖縄在住の保証人が必要でした。知人も友人もいないからどうしようかと考えた時、重量挙げの全日本大会で一緒に表彰台に上った方が沖縄の方だったことを思い出したんです。調べたらトレーニングジムをされていたから、僕のことを覚えていないと思いつつも電話をかけました。沖縄での保証人が必要なことをお伝えしたら二つ返事でOKしてくださって(笑)、本当に助かりました。

 その方だけではなく、何もわからない僕を沖縄は受け入れてくれました。沖縄には「いちゃりばちょーでー(一度会えば兄弟)」という言葉がありますが、まさに僕はそれに助けられたし、癒されました。沖縄に恩返ししたいですね。
 振り返ってみると、こうした人とのつながりが僕の豊かな人生〈ウェルネス〉の原点です。ウェルネスを体験することは1人でもできるけれど、ツーリズム〈旅〉をすることで、人や地域との新たなつながりが生まれてきます。ウェルネスツーリズムが拡がることでより豊かな社会や世界になっていくと思っています。


荒川雅志 教授

国立大学法人琉球大学国際地域創造学部教授。日本のウェルネス研究者、海洋療法学者。「ブルーゾーン」である沖縄県の100歳長寿者研究で福岡大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。新しいウェルネスの定義提唱、日本の大学で初のウェルネスツーリズム科目開設、ウェルネスメニュー研究開発を産官学連携で多数実施。

琉球大学公式サイト「ウェルネス研究分野」

この記事を書いた人

里菌 かこ
「暮らしの発酵通信」ライター/発酵ライフアドバイザーPRO.

微生物関連会社に10年務め、農業・健康・環境などあらゆる分野での微生物の可能性について取材し、業界紙に掲載。発酵ライフアドバイザーPRO.の資格を取得し、発酵食品についても広く知識を深める。ライティングだけではなく、ワークショップ講師やイベント企画も務める文武両道の発酵ライター。

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