楽しい、使いやすい、で海がよみがえる:エコストアパパラギ

環境活動家として全国を飛び回る、NPO法人気候危機対策ネットワーク代表の武本匡弘さん。ある時、子ども達の目の前から未来が消えていく、という恐怖に襲われたそう。年間経営してきた会社を引退し、自分の残りの人生を環境活動に軌道修正した。

 

海が死んでいく

 

「僕は水中カメラを得意とするプロダイバーです。僕がダイビングを始めた頃は、生物多様性のある海でした。今はサンゴ礁の白化現象・ガレキ化が起こっています。積丹(しゃこたん)半島は昆布の林だったのに、今は1本もない。江の島も葉山も海藻が豊富な海だったのに、全然捕れなくなっています。真冬の伊豆半島に熱帯魚が泳いでいたり、シベリアで最高気温が38度になったり…。沖縄の海は本当に酷い状態で、生物多様性に富んだ海がなくなっています。飛行機の窓から見えるエメラルドグリーンの海と、海の中は全く違った状態です。 水中の異変を感じてきましたが、太平洋の真ん中あたりはどんな状態になっているのかを知りたくて、退職金でヨットを買い、航海に出ました。」 そこで目にした海洋ゴミの現状。あの広い太平洋で毎日漂流するゴミを目にし、「海は、ただならない状況に陥っている」と痛感した武本さん。陸にいると気づかない様々な出来事は、人の健康を侵し、海と地球を壊し続けるということを思い知らされた。

 

「やってみたらこっちがいい!」を感じてほしい

﹁僕は環境活動家と名乗っているけれど、本当は、みんなに『私は環境活動家です』と名乗ってほしい。環境問題に取り組むことって、立派なことではなく、難しいことでもなく、当たり前の生活の中にあるものなんです。暮らしそのものが環境保全活動になる。それを社会にアピールしたくて、藤沢の店を始めました。」 神奈川県藤沢市にあるエコストア・パパラギ。無添加の漆喰で囲まれた心地の良い空間の中に、プラスチックを使用していない商品が数多く並び、ナッツや紅茶などの量り売りもある。

 

「量り売りをしている店はまだ少ないので、『体験してみたい』と来られる方が多いです。今は環境のことを強く意識したお客様が多いですが、そうではなくて、『かわいい』とか『おしゃれ』とか『使いやすい』とか、そうした気軽な気持ちでこれらの商品を選んでくれる人が増えてほしいなと思っています。」と、店長の武本晃彦さん。

 

エコストア・パパラギ店長の武本晃彦さん。

 

  エコストア・パパラギは武本匡弘さんの声がけのもと、3人のダイバーで起ち上げた、スタッフ全員ダイバーのプロジェクト・ストア。 「(匡弘さん)エコストアは社会実験なんです。この店の売り上げで生活を成り立たせていこうとは思っていなくて、商品を通して、気候危機に立ち向かうための行動として始めました。ひとつひとつの商品に意味があるんです。でも、『気候危機を何とかしましょう!』と熱く語ったところでドン引きされるでしょう(笑)?だから、商品を通じて伝えるのが一番いい。運営の基本理念は『やってみたらこっちがいい!』の提案です。 例えば、竹の繊維でできたコーヒーカップ『Ecoffee cup』。かわいらしい柄が人気なんですが、プラスチックコップよりも口当たりがいいとか、手に持った感じが気持ちいいとか、長持ちするから安いとか、選ぶ理由は人それぞれ。デザインのひとつに、オランウータンが描いてあるものがあります。『オランウータンが何匹いるか、数えてみて』なんて会話をした後に、『パーム油をとるためのヤシを植えるために、森が切り開かれて、オランウータンが住めなくなってきてるんだって』といったちょっとした気づきにつながったら嬉しい。」

竹の繊維でできたコーヒーカップ『Ecoffee cup』

 

一人の力は微力だけど無力じゃない

これまでにいくつものNPOを立ち上げ、軌道に乗ったら人に任せるということを続けてきた武本さん。エコストア・パパラギも、㈱パパラギとしてスタートしたが、2020年に廃業届を出して、今は(一社)プラスチックフリー普及協会が共同運営している。 「作る人・売る人・買う人が分断しているところに問題があって、それは、商品でも店の運営でも同じことですね。 最近、歯ブラシのメーカーさんと、植物性100%の歯ブラシを共同開発しました。柄の部分が木やバイオプラスチックのものはありますが、ブラシの部分まで生分解性にできたのは世界初だと思います。作る人・売る人・買う人が一緒になってできた商品。日本の会社と日本で商品開発を進めることは、日本のものづくりを取り戻す、といった意味もあります。店の運営で言うと、どういう商品を置きたいか(買いたいか)、どうやって社会に伝えていくかをみんなで考える。僕が一番やりたいのは、店に子どもを連れて来て、大人が自分の意見を出し合っている姿を見せること。市民会議の原型ですよね。ヨーロッパでは市民会議が発達していて、環境政策は市民会議で議案をつくって議会に提出しています。

亜麻仁油を主原料に、ブラシ部分まで生分解性を実現した歯ブラシ

 

  実際に、僕のNPOが議会に陳情して条例になったこともあります。今、飲食店で分煙は当たり前になっているでしょ?でも、10年前はそうじゃなかった。分煙のために死ぬ気でがんばった方が周りにいますか?いないですよね?でも、いたんですよ、知らないだけで。人口の3.5〜5%が変わって、声を上げることで、世の中の制度が変わります。制度が変われば、多くの人は受動的にそれに従い、世の中の『常識』は変わっていきます。 一人の力は微力だけど無力じゃない。個人の行動から社会のパラダイムシフトは起こせるんです。自分自身が人生のテーマとなりうる分野で、日々暮らしていってほしいと思っています。」

 


暮らしの発酵通信」13号掲載

Information
エコストア・パパラギ
住所
神奈川県藤沢市鵠沼石上1-3-6
TEL
0466-50-0117

この記事を書いた人

里菌 かこ
「暮らしの発酵通信」ライター/発酵ライフアドバイザーPRO.

微生物関連会社に10年務め、農業・健康・環境などあらゆる分野での微生物の可能性について取材し、業界紙に掲載。発酵ライフアドバイザーPRO.の資格を取得し、発酵食品についても広く知識を深める。ライティングだけではなく、ワークショップ講師やイベント企画も務める文武両道の発酵ライター。

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