芯ある土鍋の自由な旅路:圡樂窯

空炊きをして肉を焼く、ニンニクを炒めてパスタを作る、蒸す・煮込む・炊く…。「土鍋はご飯か鍋もの用」という固定概念を覆す料理の数々。江戸時代から続く窯元「圡樂」8代目当主である福森道歩さんは、陶芸家と料理家という2つの顔を持つ。

 

琵琶湖の底から生まれた土鍋

遥か400万年前、琵琶湖の底に沈んでいたという伊賀地方。古琵琶湖層と呼ばれる良質な土と、燃料となる赤松が豊富に採れたことから、日本陶磁の最高峰とも言われる「伊賀焼」が生まれた。福森さんは、伊賀の土に神秘的なものを感じるという。

圡樂8代目当主 福森道歩さん

 

「この地域が大昔は琵琶湖の底だったと知った時は感激したし、納得したんですよ。日本の中で、焼き物ができるような粘土が大量に採れる産地はそもそも少ないし、その土の成り立ちを考えると、たいてい水たまりとかなんです。石とか木の葉とか、湖の底に溜まったものが粘りを持つ土へと変化していきます。

琵琶湖は元々、今の伊勢湾側にあって、北西にどんどん移動しています。最初は海水だったんだろうけれど、伊賀の地に来た時には淡水に変わっていたんでしょうね。その当時、この辺りは亜熱帯で、うっそうとしたジャングルだったそうです。 土を掘っていると、2〜3mもある切り株がぺっちゃんこになった状態で出てくるんですよ。すごくないですか?

そうした植物が炭化したものは、亜炭(あたん)と言いますが、それが焼き物の土に入ることによって、ふわふわっとした状態になるんです。そして、その土を焼くと、亜炭の部分が燃えてなくなり、気泡になります。

土鍋にとって、この気泡が重要なんです。そもそも、空気というものは、熱を伝えるのに邪魔なものなんです。鉄がすぐに熱くなるのは、中に空気が入っていなくて熱伝導がいいから。逆に、発泡スチロールは空気の層なので、中と外の空気の熱交換が少なく、温かいものを入れたら冷めにくいし、冷たいものを入れたら冷たさが持続しますよね。

土鍋は土の中に大小の空気が含まれているので、温まりにくくて冷めにくい。保温性が高く、火を消しても弱火でコトコト煮込んだようになるのは気泡があるからなんです。何百万年前の木や土がこうして調理道具に変化していると思うと、とても神秘的ですよね。」  

 

煮てよし、焼いてよし、炒めてよし

「先々代の時は、型を使った土鍋も作っていたそうですが、先代である父が手作りの土鍋で勝負してやる!と、ろくろを使った土鍋を復活させました。

型は、押し付けて作るので、空気を押し潰してしまい、横長の気泡になります。空気の層が薄く、少なくなるので、煮炊きは早いんですが、保温性は低くなります。ろくろは、ふわーっと土を持ち上げるように作るので、空気を押し潰さないし、気泡が丸いんです。」 黒光りした圡樂の土鍋は、見た目の重量感と裏腹に、想像より軽い。気泡があることで、軽くなるのだそう。

また、伊賀の土は、世界でも類を見ないほど耐火度が高いと言われている。耐火度を高めるための石を入れずに、土鍋として機能する粘土は伊賀の土だけだ、とも。 「土鍋って、秋冬以外に使うことが少ないでしょう?大きくて重くて、しまうのが大変だし出すのもおっくう、という概念を払拭させたいんです。土鍋は本当に優れた調理道具だから、しまわずに、ガスコンロの上にずっと置いておいて毎日使ってほしい。

フライパンで調理して、そのまま食卓に並べると、気が引けるけれど、土鍋で出すとごちそうになりますよね。土鍋で調理をしてそのまま食卓に並べて、残った汁を使ってそのままパスタやリゾットだって作ることができる。うちの土鍋をちゃんと育てたら、空炊きをして肉だって焼ける。遠赤外線効果でふっくらジューに焼き上がりますよ。

土鍋は器としても美しいし、機能的にも優れているのに、みんな、土鍋の優れた能力をまだまだ知らないんです。なので、本を出版したり、料理教室を開催したりして、土鍋の魅力をお伝えしています。」  

 

土と、人と、生きること

土鍋を作り、土鍋料理を発信するという2つの顔を持つ福森さん。作り手であり使い手であり、圡樂の8代目当主を務めているけれど、そもそも、家業を継ぐ気はなかった。 「私は姉妹の末っ子なんです。元々、圡樂は姉が継ぐ予定だったので、ここの土鍋や器を使った料理を提案する料理人を目指しました。

調理学校の冬の授業で、生きたクルマエビを天ぷらにする授業があったんですが、エビを締める時に、エビのビクビクッていう動きが雷のように自分の腕に走って、エビの命がグワーッて入ってきたように感じたんですよ。そうしたら、急に生きたものをさばくことが怖くなって、料理人の道を諦めないといけない状態になってしまいました。」

知人の勧めにより、リハビリを兼ねて、学校を卒業した後に京都の大徳寺に入った福森さん。寺での生活をしながら、毎日の料理を担当することになった。肉も魚も使わない精進料理を通して、また、禅の教えを通して、「そもそも人間は、他の命をいただいて生きている。生きるためには、自分が命をいただくことを許されるような生き方をしないといけない」という意識に至り、徐々に魚も肉も扱えるようになった。

「寺に入り、『ここにいていいと、認めてもらえるような生き方をすればいいんだ』という結論が得られました。生きることの芯みたいなものを教えてもらいましたね。死ぬということと生きることはイコールなんですよ。今は、死を忌み嫌って遠ざけすぎるでしょ?死ぬことを前提に生きていると思えば、もっと人や地球との関わり方が変わってくると思うんですよね。

陶器を作る工程の中で、『土殺し』という作業があります。土をろくろの上で立ち上げて潰す、というのを繰り返すんですが、これは土の芯を出す大事な工程なんです。中心に、しっかり芯が取れていないと、ろくろで回した時に遠心力に耐えられず、ぐにゃぐにゃになって引けないんです。その後、空気を潰さないように、土が行きたい方向に手を添えて形を作っていきます。極力触らないんです。

土を触り始めた最初の頃は、外見ばかり気にするんですよね。中をしっかり作っていれば、外見は後からついてくる。

『中が大事やで』と若い人たちにはいつも言っています。 人間も一緒ですよね。自分自身の芯を持っていれば、世の中の情報に右往左往しないし、はみ出るのが面白いとも思える。外見よりも中身が大事だし。どんな形にもなれるんだけど、思った形には簡単になれないとか、想像以上の素晴らしい形ができるとか、自由なんだけど自由にならない、そこが面白いですよね。土も人間も。」

 


2020年6月取材。「暮らしの発酵通信」三重県版掲載。

Information
圡樂窯
住所
三重県伊賀市丸柱1043
TEL
0595-44-1012
その他
※見学 要予約

この記事を書いた人

里菌 かこ
「暮らしの発酵通信」ライター/発酵ライフアドバイザーPRO.

微生物関連会社に10年務め、農業・健康・環境などあらゆる分野での微生物の可能性について取材し、業界紙に掲載。発酵ライフアドバイザーPRO.の資格を取得し、発酵食品についても広く知識を深める。ライティングだけではなく、ワークショップ講師やイベント企画も務める文武両道の発酵ライター。

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