足元に広がる和の宝物:菌草生活研究家 上田涼子さん

岐阜県高山市で4人の子どもを育てながら、身近な野草を暮らしの中に取り入れている上田涼子さん。野草・着物・手ぬぐいなど、和文化を見つめ直したやさしい暮らしをお伺いしました。

野草と子育てのために高山へ

 昔から野草は好きでした。花壇に咲いている花には興味がなく、道端に生えている小さい花が好きな子どもでした。小学生の誕生日プレゼントには大きな植物図鑑をもらったんですが、兵庫県の都会のマンション暮らしだったから実物に触れる機会はほとんどありませんでした。結婚した後も大阪に住んでいたから土とは遠い生活でした。

 夫が岐阜県高山市出身で初めて自然豊かな土地とご縁ができ、夫の実家に帰るたびに図鑑でしか知らなかった野草を見つけては一人でテンションが上がっていました(笑)。子どもが生まれてからは、高山に遊びに来ると子どもに食べられる野草を教えたり、袋にヨモギをぎゅうぎゅうに詰めて持って帰ったりしました。とはいえ、連休にしか高山に来ないから、野草の生育を「点」でしか観察できないのが残念で。こっちに住めば「線」で野草に触れられるし、やっぱり自然豊かな土地で子育てしたいというのもあり、高山に移住したのが3年前です。

 この地域の方々にとっては野草があるのが当たり前だけど、その活用方法を知っているのはごく限られた方だけのように思います。私は外から来たからこそ、この土地の価値を感じやすいし、足元に生えている野草たちの価値を伝えたり広めたりすることができると思っています。

 子どもたちは虫に刺されたら「ヘビイチゴのチンキどこ?」と聞いてくるし、「大きくなったら生き物いっぱいのピカピカな地球にするんだ!」と言ってきて、私が大切にしたいと思っていることが子どもたちの生活の中や考え方に入ってきていると思うととても嬉しいです。

虫に刺された時は自家製のかゆみ止め(ヘビイチゴのチンキ)を塗ってあげる。

知恵と経験と想いを形にしたオリジナル手ぬぐい

 高山市の隣にある飛騨市の周辺地域には薬草だけでも245種類が自生していて、それを地域資源として活用するための〈飛騨市薬草ビレッジ構想推進プロジェクト〉という取り組みがあります。飛騨の木工品は全国的にも有名ですが、その主な材料となる落葉広葉樹は、土の中のミネラルを吸い上げます。その木の落葉がたくさん積もった地面に生えている野草は特にミネラルが豊富なので、野草を食べるとミネラル補給になるんですよ。

 私は阪神淡路大震災で自宅が全壊したという経験があります。祖父母の家は無事だったのでそこに避難したのですが、同じマンションに住んでいた方はしばらく避難所暮らしでした。缶詰やレトルト食品しか食べられない状況になった時に、食べられる野草をその食事にプラスしたらミネラル補給になるし、彩りも良くなります。野草は知っておいて損がない知識だと思うんですよね。

もう一つ防災のことで言うと、家族の人数分+αの手ぬぐいを非常用袋に入れておくと便利だと思っています。汗を拭いたりマスクの代わりにしたり、ケガした時は裂いて包帯の代わりにできます。手首や足首に巻けば寒さが和らぐし、子どもだったらスカーフの代わりにもなります。

 自分が大好きな野草と手ぬぐいを掛け合わせてオリジナルの和ハーブ手ぬぐいを作りました。手ぬぐいは防災グッズになるし、そこに野草が描いてあれば、図鑑代わりにその野草を探すことができます。災害時だけではなく、日常使いとしても持ち歩いたり額に飾ったりしたくなるようなデザインにこだわりました。手ぬぐいにQRコードを載せていて、QRコードを読み込むと、手ぬぐいに描いてある野草のプロフィールや手ぬぐいの活用方法を知ることができるようになっています。日々の暮らしで手ぬぐいを使いながら野草に親しんでもらいたいですね。

和ハーブ手ぬぐい公式アカウント(Instagram)

風土が育てる野草・食・人

 日本の野草は海外ハーブと比べた場合、薬効成分や香りは控えめなものが多いです。でも、その分お茶としてブレンドした時に味がケンカしづらいので日本の野草同士は深く考えずにブレンドしてもだいたい美味しくいただけます。特に同じ地域で育った野草たちは調和を取りやすいです。ただ、青っぽさやクセが気になることもあるので1/3程度の穀物茶やほうじ茶などの香ばしくて色味が出るものを野草と一緒に合わせると飲みやすくなりますよ。どうしても味が苦手で飲めない場合は入浴剤代わりにお風呂に入れるという方法もあります。

 私にとって、海外ハーブは世界中のオリンピック選手を集めているようなイメージです。単体でとてもパワフルな分効果を感じやすいけれど、お茶とか料理に合わせるには少しコツが必要です。日本の野草はというと、主張しすぎない分今の食習慣に無理なく追加しやすいです。なので即効性に期待、というよりは、毎日続けていたらなんだか調子がいいと感じてもらいやすいかな。

 私はそんな風に暮らしに溶け込んで、知らず知らずに働いてくれるのが日本の野草たちだと思っています。そういう意味で、私にとっては野草も発酵食品も同じなんですよね。味噌汁を毎日飲んでいたらなんとなく元気になるみたいに、野草は身近にあって体に良くて心地がいいもの。華やかさは少し欠けるかもしれないけれど、野草も発酵食品も、日本人っぽいですね笑。この気候風土が野草も食も人も育ててくれるのだから、性質が似ているのは当たり前なのかもしれないですね。だから体に合うんだと思います。

和の知恵と生きる力

 和服を日常的に着ていると、和服の機能性に気づきます。例えば、洋服よりも立ち仕事が疲れにくいとか、子どもを抱きかかえる時に帯が支えになって楽だとか、野良仕事をした後に浴衣で寝ると帯が腰を持ち上げてくれるから腰の痛みが次の日に響かないとか、とても実用的な衣服なんです。反物から着物を仕立てた時って捨てる布が基本的にないんです。着物はほどいたらまた四角い布に戻るから、布小物に仕立て直して、次は布おむつや雑巾に、最後は燃料にして灰になったら畑に撒けるという完全循環型の服だったんです。

 野草も手ぬぐいも着物も、とても合理的で洗練された日本の文化なのにその価値を知る人が減って廃れてしまうのがもったいないと思っています。価値を知れば、今の生活に取り入れやすいものから取り入れるとか、自分なりにアレンジができますよね。昔ながらの知恵を活かすと案外お金がかからず、ゴミも減って心地よい生活ができます。

 「ない」という不安よりも「ないなら作ればいい(代用すればいい)」と思える思考回路は、いざという時に特に大切です。日本の暮らしの知恵が子どもたちの人生の中で生きる強さにつながっていってほしいと思っています。

野草を暮らしの中に取り入れたいビギナーさんにおススメの一冊。「和ハーブのある暮らし/平川 美鶴 (著)」

菌草生活研究家 上田涼子さん

日本で昔から有用されてきた微生物(発酵)と植物(和ハーブ®・薬草)の智慧を活かした、持続可能な暮らしと在り方を探究中。岐阜県高山市で夫と4人の子どもたちと暮らす。
一般社団法人和ハーブ協会認定 和ハーブインストラクター/NPO法人薬草で飛騨を元気にする会認定 薬草コンシェルジュ上級・薬草ティーセレモニー講師/発酵食大学認定 発酵食エキスパート1級

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2022 年8月取材 「暮らしの発酵通信」16号掲載

この記事を書いた人

里菌 かこ
「暮らしの発酵通信」ライター/発酵ライフアドバイザーPRO.

微生物関連会社に10年務め、農業・健康・環境などあらゆる分野での微生物の可能性について取材し、業界紙に掲載。発酵ライフアドバイザーPRO.の資格を取得し、発酵食品についても広く知識を深める。ライティングだけではなく、ワークショップ講師やイベント企画も務める文武両道の発酵ライター。

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