地域で奏でる仕事と暮らし:鎌倉まちごとオーケストラ

鎌倉でナチュラルワインバーを営む石井美穂さんと、霞が関の元官僚の菱山直子さん。全く経歴の異なる2人は、オーケストラのように街を奏でる暮らし方の実践者。住民が積極的に自治力を高めていくための仕組みをつくり続けている。

地域の取りこぼしを無くしたい

菱山さん(以下、菱):私は前職で鎌倉の郵便局長をしていて、その前は郵政省の官僚として年間働いていました。本社の事は知っているけれど、郵便局の現場を知らなかったので何年も異動願いを出して鎌倉に来ました。

 郵便局では、お客さんや街に選ばれる局になろう!と色んな取り組みをしました。現場は提案が形になってその結果がわかるまでのスピードが早い。だからすごく楽しかったですよ。なぜなら、本社で何かアイディアを形にしようと思うとすごく時間がかかります。色んな人の意見が入るし、それらを合わせてそぎ落として最大公約数を作って、企業として最善の形にしていかないといけないから。


石井さん(以下、石):大企業も行政も最大公約数を作るという性質は一緒なんですよね。例えば、行政は制度を作る上で「○月○日時点で満歳以上対象」と、どこかで線引きをしないといけない。誕生日が日しか違わないのに制度を受けられる人と受けられない人が出てくる。

 でも、その枠に入れなかった人たちがその支援やサービスを受けられないのもおかしいでしょ。この地域で生きる人たちが一人残らず取りこぼされないためにはどうしたらいいのかを考える人がいないと、全体のバランスがとれないと思うんです。私たちが注目しているのはそこなんです。

いちご選手権

菱:美穂(石井さん)はずっと、「行政が取りこぼしてしまう部分を自分たちでやっていくんだよ、住民自治なんだよ」と言っていて、それを面白おかしく形にしているのが〈鎌倉まちごとオーケストラ(通称まちオケ)なんです。

まちオケは、食べることや健康のこと、お金を生み出すことなどの「取りこぼされているところ」をどうやって面白くできるかを考えています。今形になっているまちオケの活動は〈ぼくらコーヒー部〉と〈軒先ファーマー〉と〈巡らせ寺子屋〉ですが、その根っこにあるのは健康です。人が口にするものはしっかりしたものを提供しようとか、元気な野菜を育てて元気な体をつくろうとか、整体で体のゆがみを直そうとか。

「野菜作り1年目でもプランターで立派な野菜を収穫できた!」と軒先ファーマーのメンバーさんから。

石:自治って、自分が興味あることばかりじゃないですよね。自分では気づかない部分を行政が担ってくれていて、そこは行政システムが崩壊した時にやっと気づいたりするものです。そこをどう面白くやっていくかを考えています。

 〈軒先ファーマー〉は鎌倉の生ごみ削減を元気な野菜づくりにつなげる活動ですが、平時は行政が生ごみを回収してくれているけれど、それがなくなった時でも自分たちで生ごみの問題を解決する練習になる。他にも、生ごみを循環させることや環境負荷を減らすこと、自分で自分の食べるものを育てることや地域の人たちが情報を交換し合うことなど、色々な意味が〈軒先ファーマー〉には含まれています。

 でも、生ごみの循環とか家庭菜園に興味がある人ばかりではないですよね。まずは自分で食べるものを自分で育ててみる楽しさを経験することが必要なんです。

生ごみ肥料ですくすく育ったイチゴ。“自分で育てる”トレーニングにもなる。

 そもそもどうやったら「育ててみたい」と思うようになるかを考えてやり始めたのが〈いちご選手権〉です。生ごみで作った土を使って無農薬のいちごを育てて、人気のケーキ屋さんのけーきの上にいちごをのせてみんなで食べよう!という企画です。生ごみの土づくりはハードルが高いから最初からそれをしなくてもいいけれど、本当はそうやって循環させることが大事だということを伝えつつ、みんなでいちごのショートケーキを目指していちごを育てています。SNSのグループを作って栽培状況をシェアしたり、育て方がわからない人が質問をしたりして、交流を深めていきます。

 こうした取り組みの中で何をつくらないといけないかと言うと、酸いも甘いも一緒にやっていく地域の関係性なんです。

競争から協働へ

石:鎌倉って、自然があって歴史があって、観光客も多くて、ローカル活動もとても盛んです。ヨガ教室だったりビーチクリーンだったり。ただ、みんな個々で動いているから同業種の繋がりは案外少ないんです。個々のブランディングはできているけれど、街としてのブランティングは成り立っていないんですよね。

 まちオケの〈ぼくらコーヒー部〉では「コーヒー図鑑」というものを作っています。これは循環型のコーヒー豆を、何人かの焙煎家が自分が最高だと思う方法で焙煎したコーヒーの味比べができるセットなんです。これを販売することで、買った人は色んなコーヒーの味比べができるし、焙煎家たちは自分の店をPRする機会が拡がるし、鎌倉はローカルで協力し合っていることが外の地域に伝わります。

 普通、同業他社だと「競合」だから「競争」になってしまうんだけど、私たちは協働とか協力の形を地域の中でつくっていきたいんです。

2020年5月、鎌倉のまちのみんなにstay homeを楽しんでもらえるようにとスタートした<コーヒー図鑑>。7店舗が協働してできた。

菱:「街のためにみんなで協力しませんか?」って、鎌倉の住民である私たちがリードしていくことで、同業者同士でも協力体制が取りやすくなります。彼らは自分の良さをそのまま活かした形で、何も変えなくても仕事の範囲を拡げることができるんです。

オーケストラ(協奏)で住民自治

菱:どんなまちオケを作っていくかを考えた時、「その人の好きと得意を活かして仲間とコミュニティを作りながら住民自治をしていく」ということでした。ローカルらしさをそのまま活かしながら外ともつながって仕事もお金も循環させていく。

 ただ、ローカルで動いている個人と大きな企業や行政って契約を結びにくいんです。株式会社素玄(そげん)は個人と企業の間に立つ器になって、地域の人が企業との仕事をしやすくするためにつくった会社です。

 例えば、企業から鎌倉の工芸展の依頼があったとします。まちオケには木工ができる人がいて、別団体で竹を使った工芸品を作っている鎌倉竹部があります。2つの団体で工芸品を出品する場合、㈱素玄が窓口になり、竹細工は鎌倉竹部、木工はまちオケがやるように調整します。制作側には、作り手がワクワク動けるような形で内容を美穂に伝えてもらって、企業側は私が対応します。両極を見ているから一緒に動いていけます。

石:両極を向いていることって、とても大事だと思うんです。グローバルはグローバルを見ていないといけないし、地べたは地べたを見ていないといけない。でも、そうやって背中合わせでいる人たちが一緒にやろうとすると、会話が成り立たない状況が多々あります。私たちは二人いることによって、どちらの考え方もわかるから、両者の言葉を翻訳してコーディネートできるところが強みなんですよね。
 同じ価値観と思考を持った人たちだけで集まろう!というようなコミュニティではなくて、今鎌倉に住んでいる多様な価値観と思考を持った人たちで、どうやったら住民自治をしていけるのかを考えています。住んでいる人たちの集まりだから、相性が合わない人はもちろんいますよね。オーケストラに例えると、自分が苦手な人が音を奏でるとあまり心地が良くないという感じ。でも、パートの中ではその人の音がないとまとまりが出なかったりします。
 まちオケは、全員関わった方が上手くいきそうだから全オケでいこうとか、今回はこのパートだけにしようとか、ピンポイントでこの人にお願いした方がいいからソロにしようとか、色んな好きと得意を活かしてコトを成していくから「オーケストラ」なんです。相性が悪い人同士がやり取りしなくても、全体が成り立つんですよ。苦手な人がいても、全体でバランスを取りながら住民が協働していける、そんな街にしたいと思っています。

 

鎌倉まちごとオーケストラ
総括
石井美穂さん
自然療法を用いたカウンセリングとコンサルティングを延べ7000人に行う。“ローカルには(世界には)競争はいらない”をモットーに、街づくりを自分ごとにできる人々と活動中。㈱素玄取締役副社長/ナチュラルワインバー〈祖餐(そさん)〉お勝手担当/5人の母。

 

運営局長
菱山直子さん
個が生きる、好きと得意を活かしたローカルライフシフト専門家。郵政省官僚を経て鎌倉郵便局長へ。早期退職後、鎌倉の地でスウェーデン織り作家、整体師として歩み始める。㈱素玄代表取締役社長。

 

 


2022年4月取材「暮らしの発酵通信」15号掲載

Information
鎌倉まちごとオーケストラ

この記事を書いた人

里菌 かこ
「暮らしの発酵通信」ライター/発酵ライフアドバイザーPRO.

微生物関連会社に10年務め、農業・健康・環境などあらゆる分野での微生物の可能性について取材し、業界紙に掲載。発酵ライフアドバイザーPRO.の資格を取得し、発酵食品についても広く知識を深める。ライティングだけではなく、ワークショップ講師やイベント企画も務める文武両道の発酵ライター。

関連記事