菌がつなぐ、ご縁がつなぐ:もたいテンペ

発酵食品ブームの中、再び注目を集めているインドネシアの伝統的発酵食品、テンペ。長野県安曇野市にある〈もたいテンペ〉はえのき農家からテンペ専門に転向して約10年。菌とご縁が新たなテンペのおいしさを拡げている。

インドネシアのスーパーフード

テ ンペとは煮大豆にハイビスカスやバナナの葉にいるテンペ菌を付けて発酵させたインドネシアの発酵食品で、カロリーが低く栄養豊富なことから、健康志向やヴィーガンの人に注目されている。

日本の代表的な大豆の発酵食品と言えば納豆。納豆は大豆と納豆菌、テンペは大豆とテンペ菌しか使わないところからインドネシアの納豆とも言われるが、その味わいは全く異なる。テンペは栗にも芋にも似たような淡白な味わいで、納豆のように糸も引かない。においもほとんどなく塩も使っていないため、料理への汎用性が高い。

また、カリウムやカルシウム、鉄分、食物繊維などを豊富に含み、発酵によってアミノ酸やイソフラボンなどが体に吸収されやすい状態になっている。第二次世界大戦中はインドネシア近隣諸国の捕虜収容所内でも製造され、体の弱った捕虜や栄養失調で苦しむ捕虜の貴重な栄養源として役立ったという報告もある。

日本にテンペが紹介されたのは戦後間もない頃。その後1983年に納豆業界を中心に国内でのテンペ製造が増え、2005年頃に大手企業が参入し、健康食品として一躍ブームとなった。

えのき農家からテンペづくりへ

長野県安曇野市にある〈もたいテンペ〉。遺伝子組み換えの大豆を使用せず、国産テンペでは珍しい自然栽培大豆や黒豆、ひよこ豆を使ったテンペも製造販売している。亡父・甕準(もたいひとし)さんの跡を継ぎ、もたいテンペの二代目を担っているのは次女の耳塚沙紀さん。母の甕和恵さんと、沙紀さんの夫の父である耳塚和夫さんの3人でひとつひとつ丁寧にテンペをつくっている。

もたいテンペ代表の甕(もたい)和恵さん。ご主人を亡くした後ももたいテンペを守り続けている。

「(和恵さん)うちは5代続く農家で、主人の代からえのき栽培をしていました。知人からテンペを委託製造してほしいという依頼があり、20年ほど前にテンペづくりを始めたのがきっかけです。ちょうど、テンペがブームになりつつあった時に、知人が自分の所では生産が追いつかないからという理由でした。

えのき栽培に使う瓶を殺菌するための巨大な圧力釜、温度と湿度が管理できる発酵室があり、テンペ作りをするための設備が整っていました。それまでテンペというものを知りませんでしたが、えのきもテンペも『菌』だし、流用できる設備もあったので、主人は作ることにしたようです。

なぜか、テンペを作り始めたのと同じ頃にえのきが上手く育たなくなったんです。何度やり直しても、今までのようなえのきにならない。どうしようもなかったのと、テンペにある程度お客様がついていたので、2013年頃にえのき栽培を止め、テンペ一本にしました。」

背中を押してくれた義母、共に働く義父と母

次女の耳塚沙紀さん。亡き父ゆずりの職人気質で納得のいくテンペを追究し続けている。

沙紀さんは結婚で実家を離れ、一般企業で働いていたが、出産を機に退職。息子さんが2歳になった頃に父の準さんの病気が発覚し実家を手伝うようになった。

「(沙紀さん)父の病気が発覚して、〈もたいテンペ〉を今後どうしていくかという話になった時、せっかくテンペを喜んでくれているお客様がいるのだから続けたいと思いました。半年くらいはまだ父は体の自由がきいたのでテンペの作り方を教えてくれたんですが…おっとりとして、感覚的な人だったから『よく見ていたらわかるよ』状態でした(笑)。

大豆以外に、黒豆テンペやひよこ豆テンペなども手掛ける。

テンペを作る時に大切なのは温度と湿度の管理です。テンペ菌が活動しやすい温度帯で24〜26時間維持しないとおいしいテンペになりません。温度が高いと納豆菌が繁殖して納豆っぽくなるし、温度が低いと乳酸菌が活発になり酸味が出てきます。部屋の中である程度温度管理ができるとはいえ、冬の温度管理が一番大変です。父には冬の温度管理を教えてもらえなかったので、父が亡くなった1年目の冬はとても苦労しました。

実は、実家を継ごうかどうしようか迷っていた時、背中を押してくれたのは夫の母でした。義母が『やったらいいじゃない』と言ってくれて、必要な時は子どもを預かってくれるし、本当に助けてもらっています。去年の3月には定年退職した義父も義母に後押しされ、今は母と義父と私の3人でテンペづくりの毎日です。

私と母はのんびりした部分があって、『今日は休もうか』なんて言っている時でも、義父は『ほら、やるぞー』と焚きつけてくれます。ひよこ豆のテンペづくりに何度も失敗して、やめようかと思った時も『失敗しても仕方がない。もう一回やればいいだけだよ。』と後押ししてくれます。ありがたい存在です。」

えのき栽培で利用していた巨大な圧力窯で一気に大豆を蒸し上げる。蒸し係は義父の耳塚和夫さん。

「(義父耳塚和夫さん)テンペは正直あまり興味がなかったけれど、沙紀さんのお父さんが亡くなられて人手が足りないならと手伝うようになりました。僕は年寄りだから朝早いのも平気(笑)。朝早く工場に来て大豆を煮ています。作業する時間だけ考えると半日で終わるけれど、煮たり発酵させたり、待つ時間が長い。温度を一定に保つためには何度も釜や発酵室を開けるわけにはいきません。あと何分かな、と勘を働かせるしかない。季節や日によって温度も湿度も全然違うから。豆の鮮度によっても水分量が違うし。前職は食品関係で働いていたので、こうした仕事も慣れていないわけではないですが、テンペは難しいですね。手を抜けない。」

大豆とテンペと村おこし

「(沙紀さん)元々、父も母も体に良いものが好きで、調味料とかも少しこだわりのものを使っていました。だから、周りにも自然派な人たちが多くて、その中で自然栽培で大豆を作っている人もいました。せっかくいい大豆があるなら、うちで加工してお客様に届けられたら一番いい形になるよね、と話をしていました。父もおいしいテンペを追究していったら自然栽培大豆に行きついたようです。」

自然栽培大豆が足りなくなった時、長野県有機農業研究会の一員だった母・和恵さんが会員に大豆をわけてほしいとお願いしたところ、手を挙げてくれたのが小川村の麦ダンス農園の大沢収さんだった。

「(沙紀さん)小川村には西山大豆というブランド大豆があって、大豆で村を盛り上げようとしています。大沢さんも西山大豆を栽培していて、うちはその大豆をテンペに使わせてもらっていますし、大沢さんが販売するテンペも委託で製造させてもらっています。

年に1回くらいテンペ料理を持ち寄ってテンペについて話す会をしています。会に参加しているみんなで、生産者と製造者とお客さんとが繋がる場ができたらもっと盛り上げられるかな、なんて話しています。

大豆を作る人、テンペを作る人、テンペを料理する人、テンペを売る人、色んな立場の視点から意見が出るので楽しいです。この集まりをテンペサミットなんて呼んでいるけれど、大豆を中心にした村おこしの一環にテンペを入れてもらえて嬉しいです。」

テンペっておいしいよ!

「(沙紀さん)テンペは大豆とテンペ菌という、とてもシンプルな材料でできています。だから、大豆の良し悪しに味が左右されやすいんです。うちでは、国産大豆のテンペと自然栽培大豆のテンペの両方を作っていますが、自然栽培大豆を使うと優しい味わいになるような気がします。黒豆を使うともっと芋っぽくなるし。

ひよこ豆テンペはもう少し改良が必要なんですが、だんだんコツをつかんできました。以前、小豆テンペを作ってとても好評だったんですが、なかなかうまくいかなくて今はお休みしています。スイーツにも使える、と言って下さる小豆テンペのファンの方が多くいるので、何とか復活させることが今年の目標です。

15年くらい前にテンペがブームになった時は健康食品として話題になりましたが、その時は味や食べ方が浸透しませんでした。もちろん、栄養価も高いし健康にいいんですが、私は『テンペがおいしいから』食べてほしいと思っています。父はもっとおいしく作るためにはどうしたらいいか?と日々研究している人でした。もう父に相談することはできないけれど、全国でテンペを製造販売している方は他にもいて、SNSで相談しあえる仲間がいるのは心強いです。

私も父の気質を継いでいるのか、作ったテンペに自分がちょっとでも納得できなかったら販売しません。お待たせするのは申し訳ないけれど、そうした方が、長い目で見た時に〈もたいテンペ〉を信頼してくださるんじゃないかと。〈もたいテンペ〉を食べて、『テンペってこんなにおいしかったの?!』と言ってくださる方が多いので、テンペのおいしさをもっと多くの方に知ってほしいと思っています。」

テンペを使ったレシピ「カレーテンペサラダ」はこちら


2022年1月取材/「暮らしの発酵通信」15号掲載

Information
もたいテンペ
住所
長野県安曇野市三郷温3529-1
TEL
0263-77-4123
その他
インスタグラム@tenpekun

この記事を書いた人

里菌 かこ
「暮らしの発酵通信」ライター/発酵ライフアドバイザーPRO.

微生物関連会社に10年務め、農業・健康・環境などあらゆる分野での微生物の可能性について取材し、業界紙に掲載。発酵ライフアドバイザーPRO.の資格を取得し、発酵食品についても広く知識を深める。ライティングだけではなく、ワークショップ講師やイベント企画も務める文武両道の発酵ライター。

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